2015-11

文字の海を泳ぐ ブログ連載第十二回 絵本

 現在、日常的に本に親しんでいない人でも、幼いころに開いた絵本のことを覚えている、ということはかなり多いのではないかと思う。大人になってから、プレゼントなどのために書店の絵本コーナーへ行ったことのある方もいらっしゃるだろうと思うが、そこに並ぶ見覚えのある絵本の多さに驚いたのではないだろうか。ベストセラーが毎年どころか毎月移り変わる一般文芸と違って、絵本は一度スタンダードなものとして受け入れられたものは長期に渡ってベストセラーの座に君臨するからだ。
 『ぐりとぐら』、『からすのパンやさん』、『はらぺこあおむし』、『しろくまちゃんのほっとけーき』、『100万回生きたねこ』などなど……。今挙げたタイトルの中にも、見覚えのあるものがひとつくらいはあるのではなかろうか。
 私は、というと。上記の絵本はすべて読んだことがあるけれど、実は思い入れというほどの懐かしさを持つものはない。文字が読めるようになってからずっと、本というものに噛り付いてきた人種であるのに、私には実はあまり絵本に親しんでこなかった。読んだ記憶はもちろんある。だが、私は周囲の子に比べ、絵本から離れるのが早かったのだ。皆がまだ小学校図書館の「絵本の部屋」ではしゃいでいる頃には、私はすでに文字ばかりの並んだ読み物の本を開いていた。……非常に感じの悪い子どもである。
 そんな私にも、ひとつ、忘れられない絵本がある。思い入れがある、というよりは、忘れられない絵本だ。
 はっきりと覚えている。小学校二年生のときだった。当時、私のクラスには、レイちゃんという、とても可愛い女の子がいた。可愛い、とチヤホヤされても一切得意げな顔はせず控えめに笑っていた。控えめなのに必要とあらばしっかりした物言いで皆の先頭に立ち、お勉強もよくでき、足も速かった。まさしく、才女、という言葉が似合った(当時の私の語彙に才女という言葉はまだなかったが)。そんなレイちゃんは、私と同じく、絵本を卒業していた数少ない児童のひとりだった。授業の中に設けられる「図書館の時間」以外にも自主的に図書館へ足を運ぶのは、私と彼女を含めてほんの一握りだけで、私はそのことにひそかに優越感を持っていたのだが、レイちゃんは少しもそんな様子を見せたことはなかった。根が負けず嫌いな私であるが、彼女に対しては、悔しく思うよりも先に「レイちゃんには敵わないな」という素直な気持ちがあった。
 そのレイちゃんと、あと数人のクラスメイトと共に、図書館へ行ったある日。レイちゃんが、もう卒業したはずの「絵本の部屋」の前で不意に立ち止まった。そして、入り口からまっすぐ正面奥の棚をじっと見つめていたかと思うと、軽やかな足取りで、部屋の中央に置かれていた赤い大きなソファ(ダブルベッドほどのもの。男の子たちがこぞって飛び跳ねては先生に叱られていた)の上へひょい、と飛び乗ったかと思うと、次の瞬間には、さっとソファのむこう側、じっと見つめていた棚の前へ降り立った。長く美しい黒髪がふわっと広がった。そして彼女は、その棚から一冊の絵本を引き抜いて戻ってきた。
「これ、読みたいと思ってたの」
 そう言ってレイちゃんが見せてくれた絵本は、松谷みよ子の絵本『ベトちゃんドクちゃんからのてがみ』であった。
「知らない?ほんとうにあったことがもとになってるんだって」
 しらない、と私は答えた。知らない本、というのは私にとってそれだけで開く価値のあるものだった。私は、その絵本を借りて行ったレイちゃんに、休み時間の間に読んでしまうから、と約束をして、教室で読ませてもらった。
 絵本は、すぐに読めた。絵本であるから、難しい内容ではなかった。けれど、衝撃的な内容であった。
 ご存知の方も多いことであろう。絵本の題材となっている「ベトちゃんドクちゃん」とは、実在の人物だ。ベトナム戦争で撒かれた枯葉剤の影響で、体がくっついて生まれてきてしまった双子の兄弟である。戦争の悲劇と愚かさを子どもにもわかりやすく伝える、とても良い絵本だった。……と、今ならばそう言える。だが、当時の私にはこの絵本の内容はただただ恐ろしかった。
 体がくっついてしまっているなんて。
 生まれたときから、そうであったなんて。
 読書は楽しいものでしかなかった小学二年生の私が、初めて読書から恐怖を味わった瞬間であった。それも、とっくに卒業していたと思っていた絵本によって。
 絵本によってもたらされた恐怖は、その日家に帰ってからもどんどん膨れ上がり、夜は少しも寝られなくてひどく泣いた。何かを怖がって寝られないほど泣く、などということはそれまでになく、母はかなり驚いたようである。私はその恐怖を数日引きずり、べそべそし続けていたが、宥めすかすことで乗り切れる恐怖ではないらしい、と判断した母の「いい加減にしなさいっ!」という一喝によって、綺麗に吹き飛ばされた。母親の判断というやつは凄い。
 本は楽しいことだけでなく、恐ろしいことも伝えるものだ、と私が知ったのは、このことからであった。『ベトちゃんドクちゃんからのてがみ』は、そういうわけで、絶対に忘れられない絵本である。
 それにしても、小学二年生であの絵本を「読んでみたかったの」と言ってさらりと手にした上、私のように眠れぬ夜を過ごすこともなかったようであるレイちゃんには、感心するばかりである。大人になった今でも、私は「レイちゃんには敵わないな」と思う。レイちゃんは小学校を卒業する前に転校して行ってしまった。
 あの絵本と共に、私はきっと、赤いソファを飛び越えて行った彼女の軽やかな足取りをいつまでも鮮明に覚えているだろう。



* * * * *

前回の更新(11/5)より募集を開始しております、オススメの本ですが、まだまだ12/5まで受け付けております。この記事でも前回の記事でも構いませんので、ブログコメントにてお寄せくださいませ!

文字の海を泳ぐ ブログ連載第十一回 本の本

 本を選ぶための本がある、ということは、ご存じであろうかと思う。出版社の敏腕編集者や、著名な文筆家が「読むべき」図書を選別し、紹介してくれているというものである。
 もちろん私も、その存在については知っていた。だが、そこから本を選ぼうと思ったこともなければ、そもそも手に取ったこともほとんどなかった。その理由について、詳しく説明する必要はもはやないかと思う。「どんな本を読むべきかわからなくて困る」という経験が、ないに等しいからである。日常的に本を読む人間にとって、読みたい本はまるで和泉から湧き出る水のように次から次へと湧いて出て来るものだし、おもしろそうな本の情報もどんどん入ってくるものなのだ。
 そのため、「読むべき本を探す本」、つまり「本の本」には縁がないものと思っていた。しかし今年の夏、勤務の関係で、そういった本を参考にすべき機会を得たため、いくつか手に取ってみた。
 まず目に留まったのは、図書館内に特設コーナーも設けられていたほど種類の豊富だった、「子ども・学生向け」の「本の本」である。ずらりと並ぶ背表紙を見て、私は早くも暗澹たる気持ちになった。一様に、白地に黒の明朝体かゴシック体。「この本を読もう!」「10代のうちに読むべき良い本100選!」などと、タイトルは勢いがつけられてはいるものの、正直なところ、棚から引っ張り出してみようという気にはならない。それでもやはり表紙くらいは見ておかなければ、と手に取ると、表紙もまた、味もそっけもないのである。いや重要なのは中身だ、と言い聞かせて開いてみると、細かい文字がびっしり。普段の私ならば諸手を上げて大喜びするところである事態だが、今回は深いため息をついてしまった。選出されている本が不適当だというわけではない。紹介の文章についてダメ出しするというわけでも、もちろん、ない。
 本を紹介する、という行為への姿勢に、ガッカリしたのである。
 これはいったい、どのような子ども・学生に向けて書かれたものだというのだろう。「本の本」で読むべき本を探したいと思っている子は、おそらく、普段は読書というものをあまりしないのではないだろうか。どんなにいい本が、どんなにいい文言で紹介されていたとしても、地味な外観の上、中身も文字びっしりでは、とても読んでみようという気にはならないだろう。そして、このびっしりの中身を読めるというような子は、きっと「本の本」など使わなくても自分で読みたい本を選ぶ。
 その棚に並んでいた十種類近くの「本の本」はすべてそんな調子で、私はすっかり失望してしまった。
 そんなわけで、残念ながら、子ども・学生向けのものから良いものを見つけることはできなかったが、一般向けの「本の本」において、これは、と思うものに巡り合うことができた。
 児玉清『寝ても覚めても本の虫』である。
 アタック25の司会を長年務めていらっしゃったことで有名な俳優さんで、という説明ももはやいらないであろう。読書好き、ということも有名であったから、この本の存在をご存知の方も多かろうと思う。
 まず、タイトルが素晴らしいではないか。読書好きの心を絶妙にくすぐる。そう、寝ても覚めても、とにかく読んでいたいと思うのが本の虫、活字中毒者なのである。この本は、オススメの本の話だけでなく、こうした「本の虫あるある」も織り交ぜて、本の虫たちのさらなる読書欲をかきたてていた。もちろん、オススメの本の紹介もおもしろく、実に興味深かった。児玉さんが好んで読んでおられたのは主に海外の小説で、海外作品に対する知識や読書体験の少ない私にとっては実に新鮮な内容であった。もっと、海外の良い作品も読まなければならないな、と強く思った。もっとも、翻訳されるのが待てなくて原書で読むようになった、という児玉さんの真似をすることは不可能であろうと思うが。
 この児玉さんの本に巡り合ってから、少し調べてみたところ、川上弘美や小川洋子など、私の好きな作家さんもこうした「本の本」をお出しになっているようである。とてもとても、興味を引かれている。さらに探せばきっと、もっといい「本の本」が見つかるに違いない。特に必要のないものとして触れてこなかった「本の本」であるが、今は、分け入っていいものを探してみる価値は十分にある、と思っている。
 ただし、これはあくまで一般向けの、さらにいうなら「本を読むことが好きな者」に向けた「本の本」である。子ども・学生向けの「本の本」を出している出版社の関係者さまにおかれましては、是非、普段は本を読まない子に向けた効果的なアプローチができる「本の本」を、企画・構成を練り直し、作っていただきたいと思う所存である。


◆オススメの本募集のお知らせ◆
現在、一年間(1月~12月)の紺堂カヤの読書目標として掲げている33冊(参照:文字の海を泳ぐ ブログ連載第二回 おすすめの本・その1)は、昨年末にツイッターにて皆様からオススメを募集させていただいたものでございます。
本年も募集をさせていただきたく思いますが、本年度は当ブログにて募集をかけさせていただきます。当記事への「コメント」として、12月5日までにお寄せくださいませ。
以下の注意事項をお読みの上、どうぞ、たくさんのご参加をお待ち申し上げております。

※注意事項※
・オススメ本は「一人三冊まで」とさせていただきます。(コメント欄の名前を変えて何回でも参加することは、まあ、可能ではありますが、そのあたりはお任せします笑)
・オススメ本は「タイトル」「著者名」を正確に書いていただきますようお願いします。また、出版社や形態(文庫ではなくハードカバー版で!など)の指定がある場合はそちらも明記をお願いします。
・オススメいただいた本はすべてご紹介いたしますが、紺堂が以前読んだことのある本は、目標図書とはなりませんのでご了承ください。なお、これまでに読んだ本の一部(過去三年分)をブクログ「紺堂カヤの本棚」に載せてございますのでよろしければ参考にしてください。
・オススメ本は来年度の紺堂カヤの読書目標にさせていただきますが、目標が達成できるかどうかの保証はありませんのでご了承ください。
・本をオススメしてくださる方はブログコメントへお願いします。募集締め切りは12月5日です。

よろしくお願い致しますー!!!

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プロフィール

紺堂カヤ(華夜)

Author:紺堂カヤ(華夜)
文筆家。
日々悪戦苦闘、ただしマイペースに。
文学と声をこよなく愛する。
二つ名は「筆舌破天候ガール」
創作サークル「つばめ綺譚社」にて小説を書いています。
また、クラウドゲート㈱のWTRPG「ファナティックブラッド」にてシナリオをリリース中。

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